そして人生は続く

34歳から7年間不育症に悩み、成育医療センター&青木産婦人科クリニックでの不育症治療により、40歳で妊娠、出産した、「不妊で不育で高齢出産」の体験談です。

ご報告

2年間妊娠できなかったので、体外受精(顕微授精)を行い、その後、青木産婦人科クリニックに通い、今日、赤ちゃんの大きさが3センチを超え、クリニックを卒業しました。

 

4週、5週、6週目にピシバニールを注射し(ピシバニールは妊娠する前にも1度しておく必要があるので、4か月前にも1度しています。)、朝晩はカプロシンの注射、2日に1錠バイアスピリンを服用しました。

 

そして、体外受精排卵誘発に使った注射の副作用で、甲状腺機能が一度亢進し、妊娠後に低下してしまったので、チラーヂンを1日1錠(途中から半錠)飲みました。

 

そしてメイラックス。心拍確認前、ツワリがなくなってしまった時など不安な時、4週~7週の間に数回飲みました。

 

カプロシンは明日まで、バイアスピリンは15週ぐらいまで続きます。

 

このところ全く更新していなかったのに、時々見に来てくださる方、どうしてますか?とメールをくれた方、ありがとうございました。

 

40歳と高齢なこともあり、まだまだ不安はつきませんが、不育症の病院を卒業したので、このブログはここで終了したいと思います。これまでありがとうございました。

 

不妊治療についてはこちらにまとめています。「40歳☆不妊治療の記録

これが人生

またしても知人が妊娠。

穏やかだった日々に、心乱される。

今月できないと、とうとう1年が経過することになる。

そろそろ、子どもを諦めることを考えなくてはならないのかもしれない。

みんなができることができなくて悔しい。

子どもがいないことで、かわいそうと思われたくない。

子どもを産むことすらできない、何もできない自分を認めたくない。

やっぱり自分は普通じゃない。

子どもができれば両親に認めてもらえると思っていたけど、それも無理そうだ。

目標を失って、もう40歳で、これからどうやって生きていけばよいかわからない。

後ろ向きの思いにとらわれる。

だけどやっぱり、明日は来てしまうのだし、

自殺する勇気もないから、生きていかなくてはならない。

「幸せは自分の心が決める」--手あかのついた言葉だけど・・・、

ほんと、きっと、そうなんだろうな。。。

それに、どうせ生きていくのなら、「死ぬまでの大いなる暇つぶし」を、

開き直って楽しくしていきたい。

私はどういう状態が幸せなんだろう・・・?

これまで「自分が達成することができない出産、子育て」にとらわれてきてしまったけれど、

大切なもの、本当にやりたいこと、もう一度考えてみる時が来たみたい。

そうじゃないと、このまま、人と比べてばかりの、つまらない人生になってしまって、

きっと死ぬ時に後悔してしまう・・・。

それだけは、どうしても嫌だ!!!

意地でもこれからの人生、楽しくしてやる!!!

久し振りに、甥っ子姪っ子に会う

父の還暦祝いでみんなが集まり、久し振りに妹の子どもたちと会った。

2歳と4歳、パワー全開。私を見て!私と遊んで!世界は私を中心に回っているわ!!!のお年頃。

正直、「ムリ、ムリ!私には絶対無理。」と思いました。(-_-)

こんなだから子どもが来ないのかね。。。

とうとう

年が一緒で、一緒にがんばろうねと言っていた友だちが妊娠。

いつか来るとは思っていたけど、とうとうこの日が来てしまった。

おめでとうと言ったとき、顔が引きつっていなかっただろうか・・・。

これからお腹が大きくなっていく時に、笑って話をすることができるだろうか・・・。

一緒にがんばろうと言いながら、心の中では「彼女よりは先に」と思っていたから罰があたったんだろうな。